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BUZZ RICKSONS

【TAILOR TOYO テーラー東洋】【2024年秋冬入荷予定 】/ Lot No. BR15536 / SOUVENIR JACKET “BUZZ RICKSONS” × “KOSHO & CO.” SPECIAL EDITION 334th FTR. BOMB. SQ. CHITOSE JAPAN

121,000(税込)

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アイテム説明


 
両A面のリバーシブルスカジャン!!

中綿入りで裏側はキルティング使用になります。

ビンテージライクな当時のサイズ感なので普段着用されている1サイズ、2サイズ上のサイズを選ばれることを推奨します!!


1950年代当時、日本国内の米軍基地周辺には、卓越した手振りの刺繍技術を持つ刺繍店が点在しており、日本へ駐在した米兵達はこぞって刺繍店へと足を運んでは“スカジャン”を特別にオーダーした。

その背景には当時の為替相場が1ドル=360円であり、彼ら兵士達にとってみれば非常に安価で豪華な刺繍を施すことが出来た。こうしてスカジャン文化が開花して隆盛を極めて行った。

朝鮮戦争が勃発すると、1950年代初頭から日本の入間や千歳、三沢に展開した第4爆撃戦闘航空団の第334爆撃戦闘飛行隊“イーグルス”。

フロントには所有者“チャック”が所属したイーグルスの部隊章が輝いているが、正規の部隊章とは若干違ったローカルメイドならではの風合いが存分に生かされている。

左袖に入った年号もレア度が高い。背面に施された刺繍は当時配備された最新鋭ジェット機、F-86セーバーと、韓国、アメリカ、日本の平和を願う思いが刺繍に込められている。

戦争が終結するまで敵機を5機以上撃墜した米軍全体のF-86ジェットエースは39人に達し、その中で第4爆撃戦闘航空団から25人ものパイロットを輩出、輝かしい戦果を残した名門部隊である。

リバーシブル面の身頃は、シルバー一色使いにカラフルな色糸で刺繍が施されているため、ジャパンマップと佇んだ舞妓が一層際立っている。

マップに散りばめられた地名の“NAGASAKI”のNがHに変わっているのは当時間違えて刺繍されたそのままのご愛嬌。


バズリクソンズの2024年秋冬モデルは、2024年8月から10月頃に入荷を予定しております。


“KOSHO & CO.” SPECIAL EDITION


テーラー東洋のコレクションの中でも特に厳選した逸品をディテールにこだわり再現するのが、このスペシャルエディション。横振り刺繍で緻密に描かれた図案はもとより、アセテート生地の打ち込みを調整してヴィンテージと遜色なく仕上げ、ウールリブも旧式の横編み機を使用して1着ずつ編み上げている。リバーシブル仕様のファスナーについても50年以上前のファスニング機械を再稼働させ、当時と同じ手曲げのものを再現。テーラー東洋の前身である港商(こうしょう)商会のラベルを使い、ヴィンテージスカジャンの最盛期を彷彿とさせる仕上がりとなっている。

素材の特性や仕上げの方法によって、各所の寸法には若干の個体差が生じます。また、お使いの端末の設定や環境によって、商品の色が実際の色と多少異なる場合もございます。予めご了承ください。



完売したものもお問い合わせいただくと、メーカーに在庫を確認出来ますので
お気軽にお問い合わせください

info@amatera-inc.com



※※注文時のご注意※※

■お客様ご都合でのキャンセル・返品・交換はお受けしておりません。
■商品写真はできる限り現品を再現するように心がけていますが、ご利用のモニターにより差異が生じます。
以上、予めご了承の上ご注文くださるようお願いいたします。

 

スカジャンブランド「TAILOR TOYO」(テーラー東洋)世紀取り扱い店。


半世紀以上スーベニアジャケットを作り続けてきた「TAILOR TOYO」(テーラー東洋)


スーベニアジャケット(スカジャン)の歴史の始まりは1940年代後半。


戦後間もない当時、GHQによる経済活動の活発化を目論んだ政策として、日本の経済界を牛耳っていた一握りの財閥解体が行われた。


それによって誕生した会社のひとつが、生地などの輸出入を行っていた港商(港商商会)。


東洋エンタープライズの前身の会社である。


戦後の混乱の中、銀座界隈には米軍将校を相手とした露店が並び、そこで売られていた着物や帯など日本の伝統品を土産物として欲しがる米兵たちで溢れかえっていた。


 

露店街に集まる米兵たちの姿を目の当たりにし、港商の社員が考案したのがオリエンタルな刺繍を施した土産物としてのジャンパーだった。


アメリカ人に親しみやすいベースボールジャケットを模し、刺繍は桐生や足利の職人に依頼。当時は戦後の物資統制で絹糸の入手が難しく、生地はシルクに似たアセテートを使用した。


港商はそれを露店に向け販売し、瞬く間に人気を博す。


やがてそのジャケットはPX(米軍基地内の売店)の買い付け担当者の目にとまって日本各地の基地に納入され、その人気は海外の米軍基地にまでも及んだ。


当時の納品伝票には、“SOUVENIR JACKET”という商品名が記されており、このジャケットが後に「スカジャン」と呼ばれるようになる。


スカジャンの全盛期とされる1950年代、港商は納入シェアの95パーセントを占めるほどであった。


 

本サイトでは、港商から始まり長年にわたってスカジャンを作り続けてきたテーラー東洋(東洋エンタープライズ)が所有するヴィンテージ資料の一部を定期的に公開していき、その魅力を集約して紹介する。

  • システム商品コード
    :000000018505
  • 独自商品コード
    :Lot No. BR15536
  • 目安送料
    :0円~

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